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January 19, 2011

開け!幕府キッキ

「やっとここまで来た.でも,これがスタート地点.本当に大変なのはこれからだ」
山本タモツは開いたばかりの幕府を見ながら,自分に言い聞かせた.
タモツは幕府を開くための苦労を思い返す.

タモツが初めて将来の夢として幕府を開くことを考えたのは,中学校での日本史の授業中であった.その時は,教科書に描かれた将軍の肖像画を見て「自分も幕府を開きたいなあ」と漠然と考えたのみであった.振り返ると,肖像画にヒゲを書き加えたのは,偉業を成し遂げた将軍達が妬ましかったからだと思う.
やがて,タモツが高校生になり,真剣に自分の将来を考えていく中で,幕府を開きたいという思いは,漠然とした考えから,はっきりとした目標となった.

タモツが「幕府を開きたい」と高校の進路面談で担任の先生に初めて口にした時のことは,今でもはっきりと思い出せる.「幕府を開きたい」と聞いた担任の先生は失笑した.
「おい,タモツ.幕府ってのは何だ」
「将軍が開くあの幕府です」
「いや,それは分かるが,将来の進路で,『幕府を開く』ってのはどういうことなんだ」
「幕府は開くものじゃないんですか.それとも,起業するものなんですか」
「いや,そういうことじゃなくてな.何というか.分からないかなあ」
「すみません.分かりません」
先生は暫くの沈黙の後に言った.
「じゃあ,タモツ.幕府を開くためには,何が必要なんだ」
「分かりません」
「それじゃあ,どう仕様もないよな.開きたいって言ってもどうすることもできないよな」
「確かにどう開けばいいのか今は分かりません.でも,先生,進路面談っていうのは,将来の進路について相談する場ではないのですか」
「まあ,そうだな」
「僕は将来幕府を開きたいと思っています.そのためにはどうすればいいのか,相談に乗って頂きたいと考えています.相談に乗っては頂けませんか」
先生は黙り,目を瞑り考え込んでから言った.
「タモツ,幕府の開き方ってのは詳しく知らないんだが,幕府を開くことは現実的な夢ではないぞ」
「そうかもしれません.だけど,僕が将来何をやりたいか,それを考えたら,幕府を開くことだったんです」
「じゃあな,タモツ.幕府を開いて何をしたいんだ」
「ええと,何をしたいか……,ですか」
「そうだ,良く考えるんだ.『幕府を開く』ってのは目的じゃないと思うんだ.どうだ」
「いや,でも……」
「いいか,幕府を開くことはそれだけで大変だと思う.それだけで偉業だろう.そもそも,現代で本当に幕府ってのが開けるのか分からないがな.たとえ今の世で実際に開けるのだとしても,どうすれば開けるのかを私は知らない.私が知る限り,徳川家康が幕府を開いたのを最後に誰も幕府を開いていない」
「はい.だからこそ僕もその偉業を成し遂げたいんです」
「でもな,肝心なのは幕府を開いてからなんじゃないのか.起業することに置き換えて考えれば分かり易いと思うんだ.会社を作りました.何を商売にするか考えていません.これでは話にならない.分かるな」
「はい」
「同じだ.幕府を開きました.開いた後に,何をどうするか考えていません.それじゃあ駄目だよな」
「まあ……,そうですね」
「幕府を開くこと自体よりも,幕府を開いて何を実現したいのかが重要だと思う.実現したいことがあって,その手段が幕府を開くというのであれば,幕府を開けばいい.でもな,幕府を開くってのは大変なことじゃないのか.さらに良く考えてみれば,その実現したいことってのを,実際に実現するためには,幕府を開くという手段よりも簡単な手段ってのが存在する可能性だってあるんだ.例えば,国や国民のために何かをしたいというのであれば,政治家になるだとか,官僚になるだとか…….そっちの方がいいんじゃないのか」
「……はい,そうかもしれません」
「よし,分かったのならいい.それでは,幕府を開いて実現したいことが決まったら,幕府のことは,また相談に乗ろう.それが決まるまで,進路面談は現実的な進路で話をする.それでいいな.今日は幕府以外のことは考えていないだろうから,今日の面談はこれで終わりにする.クラス全員の進路面談が終わったら,もう一度タモツの面談をする.それまでに,現実的な進路を考えてくるように.いいな」
「はい.でも,幕府の相談をしてもいいんですよね」
「そうだな.次回の面談で,また幕府の話を始めたとしても,今日の面談のように話が進まなくなってしまうこともあるから,現実的な進路も考えておいてくれ.幕府以外で将来何をしたいのか,そのために行きたい大学はどこか,とかな.残された時間は,あまりないぞ」
この時,先生はタモツを刺激しないようにしつつ,幕府を諦めさせようと思ったのだろう.しかし,タモツは幕府を開いてどうしたいのかを真剣に考えた.考えた末,タモツは,「珍勤交代(チンキンコウタイ)」という構想に至った.

次の進路面談で,タモツは先生に「珍勤交代」の構想を語った.
面談が始まるなりタモツの口から「幕府」の言葉を聞いた先生は困った顔をした.そして,「珍勤交代」という言葉に失笑した.しかし,タモツの語る「珍勤交代」の内容を理解するにつれ,先生も話に夢中になった.熱を帯びて語るタモツと,興奮して意見を述べる先生とで,放課後に始まった進路面談は一晩続いた.この面談は後に「関ヶ原の面談」と呼ばれ歴史に名を留めることになる.
面談の最後に先生は目を輝かせて言った.
「よし,『珍勤交代』を実現するには幕府しかないな.私もタモツの夢を応援しよう.しかし,タモツ.よく『珍勤交代』を思い付いたな」

それからの先生の行動は速かった.タモツのために,幕府を開くための方法を調べてくれた.
幕府を開くためには征夷大将軍の資格が必要であること.征夷大将軍になるためには,宮内庁が年1回行う試験に合格しなければいけないこと.その試験内容は,実技試験,筆記試験,面接の3つ.そして,全てに合格しなければならないこと.
さらに,征夷大将軍試験のための専門学校が日本に一つだけ存在することも分かった.日本で唯一の征夷大将軍の専門学校,「代々木征夷大将軍スクール」である.歴史に名を残した将軍たちも通ったといわれる由緒正しい専門学校である.

3回目の進路面談で先生は言った.
「タモツ,調べれば幕府を開く方法ってのがあるもんだな.タモツとの面談で一つ大切なことを教えてもらったよ.何もする前から,できないと決めつけてしまってはいけないんだな」
「先生,調べて頂きありがとうございました」
「でも,これからだ.やっとタモツの将来の夢のスタート地点に辿り着く方法が分かっただけだからな.実際に動くのはタモツだ」
「はい,頑張ります」
「ところで,御両親には幕府のことを話したのか」
「……いえ,まだです」
「じゃあ,御両親に話をしてみるんだ.私も付き合おう」
「でも,僕の両親は,頭が固いから,もっと堅実な職業に就けって言うと思うんですよ」
「征夷大将軍だって税金を徴収して生活するんだ.公務員みたいなもんだろう.公務員なら堅実な職業だろう.大丈夫だ.自信を持て.タモツ,お前は私だって説得できたんだ」
「そうですよね」
「私も一緒に説得に行ってもいい」

タモツと先生は,共にタモツの家に行き,両親に幕府を開くことを伝えた.
「幕府を開く」という言葉を聞いて,父親は怒り,母親は涙を流した.さらに「珍勤交代」という言葉に,怒りを通り越した父親は呆れ,母親は失神した.
しかし,タモツの両親は「珍勤交代」の内容を理解するにつれ,夢中になった.熱を帯びて語るタモツと,興奮して意見を述べる先生,斬新なアイデアを話す両親で,時間を忘れて話し合いは二晩続いた.この面談は後に「両親面談の陣」と呼ばれ歴史に名を留めることになる.

「タモツ様,ついにここまで来ましたね」
今までことを思い出していたタモツは,声を掛けられて我に返った.声をかけたのは,タモツの幕府の老中となった,かつての担任の先生である.
「うむ,これからも宜しく頼むぞ.いよいよ珍勤交代プロジェクトがスタートだからな」
再び自分の幕府を見ると,目頭が熱くなった.そして,知らず知らずタモツは代々木征夷大将軍スクールの校歌を口ずさんだ.
「どこまでも どこまでも 果てしない空 信じている限り 夢は終わらない」
この歌は,昔,足利尊氏が代々木征夷大将軍スクールに送った校歌だと言われている.


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